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658/659鞍目 重力に対しての動き/失って得るもの [終章]

 2008-03-08(Sat) 初級クラス 通算658/659鞍目
■昨日の途中下馬速攻帰宅に心がじゃりじゃりとしたまま。
乗り心地がおかしい、歩き方がおかしいって騒いでみても、その原因を作っているのは自分じゃないか。
「最後だから乗れるだけ乗ろう」と考えるのは誰もいっしょ。
皆が押し寄せるから、結局馬たちは過重労働になる。
自分もその一員なのに、力まかせに乗っている人をみると腹が立つ。
レッスンの合間にハミも外さず、口を湿らせてあげたりねぎらいの素振りもなく、馬をほったらかしにする人を見るとこれもムカムカしてくる。
「みんな大嫌いだー!」と心の中でひとり毒づいている。
なるべく人づきあいから遠ざかるようにして、沈黙を守るのが精一杯。
下手に一緒にいると「これで最後だから」と面と向って批判しかねない自分がいる。
「これまで黙って我慢してきたけれど、これが許せない、ここが嫌だ」と切れそうになる。
困ったものだ。

■心の中は砂埃でじゃりじゃりしているが、空は明るくまさに春。
いよいよ花粉症の鼻水攻撃が始まった。
本日のひと鞍目は偉大なる【アレフ・ゼロ】
ごんちゃん先生のご指導で【とら】と【アウグスティヌス】との3騎部班。
スピードのある【アウグス】が先頭だったのに、いつもの立ち止まり後退あらぬ方向に進むといった反抗が頻発して、【アレフ】が先を行くことになった。
後続の【とら】も激重の様子なので、安心して葬送行進と見まごうスピードでいく。
■とにかく馬の邪魔をしないことが第一で、前に進んで欲しいという意図を伝え続ける。
上半身で漕がないように」
「人の体は馬の後ろで待っていてあげて」
「馬の動こうとする気持ちやリズムを感じ取って」とごんちゃん先生の注意が飛ぶ。
そう、自分の焦りや苛立をぶつけることなく馬の動きを感じ取れば、すうと動いてくれる瞬間が見つかる。
そんな時って、たいがい馬の動きと一緒に力を抜いている時なのだ。
■【アレフ】の駈歩では上半身を安定させることに最大限の注意を払う。
自分がまん中に乗っているかを意識する。
そうすると馬場全体を見渡すゆとりが出てくる。
ああ、ようやく自分から顔を上げて回りの風景全体に視線が行くようなった。
風景の中に位置づけられる【アレフ】に騎乗する自分。
なんと、駈歩は跳躍なのだ。
パカランパカランと一歩ずつ馬は跳び上がっている。
跳んで降りてを繰り返している。
駈歩の〈跳んで降りて〉に同調できると、推進は降りて次の跳び上がる前にすればいいと自然にわかる。
■これまで馬の上での〈自分の動き〉だけを考えていた。
そうではなくて地上から見た〈騎乗している自分の動き〉なのだ。
速歩での騎乗姿勢を安定させるきっかけも、埒を横目にして、自分の動きが馬の一歩毎に前に進んでいるのであって、単なる上下動ではないと気がついた時ではなかったか。
地球の重力に対してどう動いているのかが自覚できると、安定感が桁違いに大きくなる。
またもや【アレフ】に教わった。

■ふた鞍目は【毒うま】君。
【時鮭】【ときめき】【ベルベット・シート】【とら】の5騎。
スピード系の馬が混在する多頭部班なので、広いアリーナに移動してのレッスン。
今回もごんちゃん先生が見て下さる。
■【毒うま】は手綱がキツかったり、バランスが前のめりになると途端に首を上げて加速するタイプの馬で、
「ゆっくり走らせる」
「手綱のコンタクトを維持する」というのが課題。
■落ち着いたリズムでふくらはぎでしっかり接触して推進すると、ちゃんと首を下げて常歩速歩してくれる。
首を下げて落ち着いて歩く【毒うま】の乗り心地は、これまでになくもっちりとしている。
ちょっとでもバランスが崩れるととたんに首を上げて前のめりに走ってしまうのだが、敏感に反応してくれるのはかえって勉強になる。
特に速歩でのバランスの崩れが致命的。
そんな時は、いったん軽速歩をとって人のリズムでためをつくって落ち着かせる。
一定のリズムと安定したバランスが常に求められる。
「後肢がサボってきているから、長鞭でちょんと合図して」と先生の声。
うわ〜、【毒うま】に長鞭を使って制御不能にならないのかしらん。
しかし、ちょんの合図にきちんと応えてくれる。
結局、手綱が安定していれば馬はイライラせずに「はいよ」と前に出られるらしい。
早くならないようにといつも手綱を強く持ち続けていたり、ギューと引っ張ることがどれだけ【毒うま】にとってマイナスだったか。
手綱を一瞬握ってすぐ緩めるとか、内方の拳をゆずって内方脚をつかい外方の手綱にコンタクト求めるよう心がけると【毒うま】は落ち着いて走ってくれる。
どんな時でも、外方のコンタクトなのだ。
■駈歩でも昔のようにどんどん加速するということはない。
輪乗りに入るのも蹄跡に出るのも、後ろから先行する馬を抜くのも【毒うま】は上手にやってくれる。
小指薬指のあたりに鞍の感触が常にある。
「拳を鞍の前に置いておいて」と4%先生に注意されたことが、今になって実行できる。
とてつもない時間がかかっているけれど、できるようになったことが純粋にうれしい。
「ちゃんと内方姿勢がとれてましたよ」とごんちゃん先生の講評を聞いて、ほっとする。
馬を気持ちよく思い通り動かす為のバランスであり推進でありコンタクトなんだなあ。
内方手綱が譲れるようになってから(手綱を放して駈歩の乗れたあの日から)、外方のコンタクトが現実味を帯びてきた。
■乗馬って「こわい」としがみついていたものをどれだけ手放せるかにかかっているのかも。
鞍に座らず立ち乗りができるようになったら、反撞が大きくても気にならなくなった。
鐙上げの駈歩が平気になったら、かえって鐙が踏めるようになった。
手綱をはなして軽速歩や駈歩ができるようになったら、手綱のコンタクトがわかるようになった。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれである。







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たま

>手綱をはなして軽速歩や駈歩ができるようになったら、手綱のコンタクトがわかるようになった。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれである。

これ凄いわかります。
私は最近、姿勢・バランス見直しで、鐙あげ手放しの正反撞特訓を受けてました。
調馬策つきの丸馬場だったのですが
何回目かでだいぶバランスもよくなってきたし慣れてきたでしょうということで、調馬策も外してチャレンジした時のこと
馬が物見してダーッシュ!
まとめといた手綱は馬の耳までとんじゃってつかむ事はできず。
こーなると「説得」と「バランス」でしか止められません。
時間はかかりましたが無事止めることができました。
この時の体験と自信が今凄く役立ってます。
馬がパニックになっても落ち着いて丁寧な扶助ができるようになったので早くおさまるようになりました。
by たま (2008-03-12 13:49) 

カーヴドエア

たまさん、得難い体験をされたんですね。
一歩間違えば人もパニックになってしまうところを無事切り抜けて、自分の糧としてしまうなんて。
免許皆伝というところでしょうか。
心からお喜び申し上げます。

こればかりは、人から押し付けられても身に付かないし、
ましてや「なんとかしなくては」と焦ってみてもどうにもならない。
身に付くのを待つしかないんですよね。
しかし、この馬の上で「ああ、私は自由だ」「解放された」と感じられれば、手も脚もどんどん思い通り動くようになる(と思います)
私は乗馬の機会を失ってしまいますが、たまさんはこれからも頑張ってくださいね。
これからのさらなるご活躍をお祈りいたしております。
by カーヴドエア (2008-03-12 17:39) 

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